生活費はいらない [熟年離婚]
私の欠点として、時たまこんな風に意地を張ることがある。4月以来専業主婦となって1日中姑とふたりでいる私は、姑と話をすることが徐々に苦痛になってきた。ずっと定年まで社宅暮らしで名誉や物を重視する姑や義姉と、自然の中で育った私との間には大きな価値観の差があった。私は本を出版した。知人のお母さんは感心してくれたけれど、姑は全く見向きもせず読もうともしなかった。今回は、絵本を出版した。絵本なら簡単にみれるのだが、姑はこれまた全く関心を示さなかったので、私はそっと姑の部屋から絵本を引き上げた。
認知症なので新しいことに対応できないのは知っているけれど、それに対応する私も老いて思考の弾力を欠いてきているのだろう。姑の無神経な言葉を、今までのように簡単にスルーできなくて、形は同じでも心の底にずんずんと沈殿していくのである。
私は自分自身の現在の生活に大きな疑問を持った。ふたりの子供を立派に成長結婚させた今、私は自分の役割をもう終えたと胸を張って言ってもいいのではないか。もしも人生で残っていることがあるとした、自分自身の両親へのお礼ではないだろうかと。定年退職した義姉は、ママさんバレーだ、民謡だとあちこちのサークルに入って楽しんでいる。ウィークデーの夜は1日しかあいていないくらいなのだ。それに比べて、私はほそぼそと文章つづることだけがストレス解消で・・・・
私はふと離婚を思った。夫がもう少しわからんちんだったら、私は悩むことなく離婚するだろう。残りの人生を夫と生きることに、まだいささかの喜びを感じているからこそ、この理不尽な生活にも耐えてきたのだろう。いろいろ考えた。夫を嫌いではないけれど、たった一度の人生だ。残りの人生を、息子たちの近くで独身生活するのも悪くないと。近くといっても、近所ではないが、現在のすみかよりも近くに私はアジトを持っているのだ。
そんなことをいろいろと考えると、私も態度がでかくなった。夫も義姉も姑のわがままさと贅沢さはさすがに知っているようだ。義姉から、「ばあちゃんにこんなものを買っておいてや」とよく言われるのだが、自分が退職してから私は夫に言った。「自分でしっかりと年金をもらっているばあちゃんに特別のおやつを買うほどの余裕はありません。それどころか、この生活費の中からばあちゃんの医療費もディの費用も全部払っているのですから」と言った。夫は、そのときに初めて気がついたようだ。月々いくらかのブラスアルファとして姑のための費用を出してくれるようになった。
姑の年金については、私はずっとノータッチであり、最近まで義姉が仕切っていた。義姉はカードを作り自由に姑の金を下ろせるようにしていた。2年ほど前に、いろいろないきさつからそれが夫にわたった。夫は、姑の年金からせめて姑の医療費などは姑からもらってもいいと思ったようだ。経済的には、第一段階をクリアしたが、実質的には以前と同じだった。
私は残りの人生を、夫の援助なしでも一人で生きていける。年金をもらえるようになったら、質素に生活をすれば何とかいける。私名義の住処もある。もちろん、今の家も私が半分お金を出しているのだから、私に権利はある。でていけとは言えない。
私は夫がくれた生活費を拒否した。「私は年金をもらうまで、あなたに養ってもらわなくても一人で生きていけるから、あなたのお金はいらない」と。夕食の準備は食材がもったいないので、3人分を作ったけれど、一緒に食事をとらなかった。ささやかな私の意思表示だった。夫は理解した。私が夫と姑を、今後の私の人生からはずそうとしていることを。
今月の給料日に、夫が給料を持ってきたとき、







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